ブンゴウメール公式ブログ

青空文庫の作品を1ヶ月で読めるように毎日小分けでメール配信してくれるサービス「ブンゴウメール」のブログです

月の詩情(4/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(672字。目安の読了時間:2分)

おそらく彼等は、その恋が到底及ばぬものであり、身分ちがひの果敢ないものであるといふことを、自ら卑下して意識することで、一層哀切にやるせないリリシズムを痛感し、物のあはれの行きつめた悲哀の中に、自らその詩操を培養して居たであらう。

それ故に日本歌史上に於て、月の歌が最も多く詠まれてゐるのは、実に当時の平安朝時代であつた。

特にさうした失恋の動機によつて、山野に漂泊したと言はれる西行には、就中月の歌が極めて多く、且つそれが皆哀切でやるせないフエミニストの思慕を訴へてゐる。

 かくの如く、月は昔の詩人の恋人だつた。

しかし近代になつてから、西洋でも日本でも、月の詩が甚だ尠なくなつた。

近代の詩人は、月を忘れてしまつたのだらうか。

思ふにそれには、いろいろな原因があるかも知れない。

あまりに数多く、古人によつて歌ひ尽されたことが、その詩材をマンネリズムにしたことなども、おそらく原因の一つであらう。

騎士道精神の衰退から、フエミニズムやプラトニツク恋愛の廃つたことなども、同じくその原因の中に入るかも知れない。

さらに天文学の発達が、月を疱瘡面の醜男にし、天女の住む月宮殿の連想を、荒涼たる没詩情のものに化したことなども、僕等の時代の詩人が、月への思慕を失つたことの一理由であるかも知れない。

しかしもつと本質的な原因は、近代に於ける照明科学の進歩が、地上をあまりに明るくしすぎた為である。

 かつて防空演習のあつた晩、すべての家々の灯火が消されて、東京市中が真の闇になつてゐた時、自分は家路をたどりながら、初めて知つた月光の明るさに驚いた。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2Kmg3Ig

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/1791_18420.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

月の詩情(3/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(708字。目安の読了時間:2分)

そして詩や音楽やの芸術は、かかる原始的な生命の秘密を、経験以前の純粋記憶から表象して、人の本能的なる感性や情緒に訴へるものなのである。

 月とその月光とが、古来詩人の心を強く捉へ、他の何物にもまして好個の詩材とされたのは、その夜天の空に輝やく灯火が、人間の向火性を刺戟し、本能的なリリシズムを詩情させたことは疑ひない。

西洋の詩では、月と共に星が最も多く歌はれてゐるが、それもやはり同じ理由に基くのである。

日本の漢詩人頼山陽は、少年の時に星を見て泣いたと言はれるが、おそらくその少年の日に、星を見て情緒を動かさなかつた人は、すくなくとも文学者の中には無いであらう。

星は月よりも光が弱く、メランコリツクな青白い銀光がない。

しかし月よりも距離が遠く、さらに尚無限の遠方にあるといふことから、一層及びがたい思慕の郷愁を感じさせる。

そして「この及びがたいものへの思慕」といふことは、それ自体が騎士道のプラトニツク・ラヴと関連してゐる。

西洋の抒情詩に月よりも星の方が多く、星がそれ自ら恋愛の表象とさへなつてゐるのはこの故である。

しかし日本でも、平安朝時代の貴族文化には、西洋の騎士道とやや類似したものがあつた。

当時の智識人や武士たちは、自分より身分階級の高い所の、所謂「やんごとなき」貴族の姫君等に対して、心ひそかに思慕の恋情を寄せ、騎士道的崇拝に似たフエミニズムを満足させてゐた。

おそらく彼等は、その恋が到底及ばぬものであり、身分ちがひの果敢ないものであるといふことを、自ら卑下して意識することで、一層哀切にやるせないリリシズムを痛感し、物のあはれの行きつめた悲哀の中に、自らその詩操を培養して居たであらう。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2Kmg3Ig

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/1791_18420.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

月の詩情(2/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(633字。目安の読了時間:2分)

海の魚介類は、漁師の漁る灯火の下に、群をなして集つて来るし、山野に生棲する昆虫類は、人家の灯火や弧灯に向つて、蛾群の羽ばたきを騒擾する。

鹿のやうな獣類でさへも、遠方の灯火に対して、眼に一ぱいの涙をたたへながら、何時迄も長く凝視してゐるといふことである。

思ふに彼等は、夜の灯火といふものに対して、何かの或る神秘的なあこがれ、生命の最も深奥な秘密に触れてゐるところの、不思議な恋愛に似た思慕を感じてゐるにちがひない。

今日の学者と生物学は、まだこの動物の秘密を解いてゐない。

しかし同じ動物の一種であり、同じ生命本能の所有者である人間、そして最も原始的な宗教の起原に、民族共通の拝火教や拝日教を有する我等は、自己の主観から臆測して、殆んど彼等の心理を想像することが出来るのである。

飛んで火に焼かれる虫の心理は、おそらく彼等が恋愛の高潮に達した時や、音楽の魅力が絶頂に高まつた時やの、あのやるせない心の焦躁、何物かの認識できない、或るメタフイヂツクな実在の世界に、身も心も投げ捨ててしまひたいと思ふ時のそれと、殆んどよく類似したものであらう。

おそらく多くの動物は、美しく燃える火のなかに、彼等の生命の起原であるところの、実在の故郷を感じてゐるにちがひない。

それはすべての動物に共通する、生命本能の最も原始的な神秘に属してゐる。

そして詩や音楽やの芸術は、かかる原始的な生命の秘密を、経験以前の純粋記憶から表象して、人の本能的なる感性や情緒に訴へるものなのである。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2Kmg3Ig

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/1791_18420.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

月の詩情(1/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(629字。目安の読了時間:2分)

 昔は多くの詩人たちが、月を題材にして詩を作つた。

支那では李白や白楽天やが、特に月の詩人として有名だが、日本では西行や芭蕉を初め、もつと多くの詩人等が月を歌つた。

西洋でも、Moonlight の月光を歌つた詩は、東洋に劣らないほど沢山ある。

かうした多くの月の詩篇は、すべて皆その情操に、悲しい音楽を聴く時のやうな、無限のノスタルヂアが本質して居り、多くは失恋や孤独の悲哀を、その抒情の背景に揺曳させてゐる。

 月とその月光が、何故にかくも昔から、多くの詩人の心を傷心せしめたらうか。

思ふにその理由は、月光の青白い光が、メランコリツクな詩的な情緒を、人の心に強く呼び起させることにもよる。

だがもつと本質的な原因は、それが広茫極みなき天の穹窿で、無限の遠方にあるといふことである。

なぜならすべて遠方にある者は、人の心に一種の憧憬と郷愁を呼び起し、それ自らが抒情詩のセンチメントになるからである。

しかもそれは、単に遠方にあるばかりではない。

いつも青白い光を放散して、空の灯火の如く煌々と輝やいてゐるのである。

そこで自分は、生物の不可思議な本能であるところの、向火性といふことに就いて考へてゐる。

 獣類と、鳥類と、昆虫との別を問はず、殆んどすべての生物は、夜の灯火に対して不思議なイメーヂと思慕を持つてゐる。

海の魚介類は、漁師の漁る灯火の下に、群をなして集つて来るし、山野に生棲する昆虫類は、人家の灯火や弧灯に向つて、蛾群の羽ばたきを騒擾する。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2Kmg3Ig

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/1791_18420.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

猫町(16/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(671字。目安の読了時間:2分)

つまり通俗の常識で解説すれば、私はいわゆる「狐に化かされた」のであった。

 私の物語は此所で終る。

だが私の不思議な疑問は、此所から新しく始まって来る。

支那の哲人荘子は、かつて夢に胡蝶となり、醒めて自ら怪しみ言った。

夢の胡蝶が自分であるか、今の自分が自分であるかと。

この一つの古い謎は、千古にわたってだれも解けない。

錯覚された宇宙は、狐に化かされた人が見るのか。

理智の常識する目が見るのか。

そもそも形而上の実在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか。

だれもまた、おそらくこの謎を解答できない。

だがしかし、今もなお私の記憶に残っているものは、あの不可思議な人外の町。

窓にも、軒にも、往来にも、猫の姿がありありと映像していた、あの奇怪な猫町の光景である。

私の生きた知覚は、既に十数年を経た今日でさえも、なおその恐ろしい印象を再現して、まざまざとすぐ眼の前に、はっきり見ることができるのである。

 人は私の物語を冷笑して、詩人の病的な錯覚であり、愚にもつかない妄想の幻影だと言う。

だが私は、たしかに猫ばかりの住んでる町、猫が人間の姿をして、街路に群集している町を見たのである。

理窟や議論はどうにもあれ、宇宙の或る何所かで、私がそれを「見た」ということほど、私にとって絶対不惑の事実はない。

あらゆる多くの人々の、あらゆる嘲笑の前に立って、私は今もなお固く心に信じている。

あの裏日本の伝説が口碑している特殊な部落。

猫の精霊ばかりの住んでる町が、確かに宇宙の或る何所かに、必らず実在しているにちがいないということを。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2JOpfEP

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/641_21647.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

猫町(15/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(679字。目安の読了時間:2分)

その時もはや、あの不可解な猫の姿は、私の視覚から消えてしまった。

町には何の異常もなく、窓はがらんとして口を開けていた。

往来には何事もなく、退屈の道路が白っちゃけてた。

猫のようなものの姿は、どこにも影さえ見えなかった。

そしてすっかり情態が一変していた。

町には平凡な商家が並び、どこの田舎にも見かけるような、疲れた埃っぽい人たちが、白昼の乾いた街を歩いていた。

あの蠱惑的な不思議な町はどこかまるで消えてしまって、骨牌の裏を返したように、すっかり別の世界が現れていた。

此所に現実している物は、普通の平凡な田舎町。

しかも私のよく知っている、いつものU町の姿ではないか。

そこにはいつもの理髪店が、客の来ない椅子を並べて、白昼の往来を眺めているし、さびれた町の左側には、売れない時計屋が欠伸をして、いつものように戸を閉めている。

すべては私が知ってる通りの、いつもの通りに変化のない、田舎の単調な町である。

 意識が此所まではっきりした時、私は一切のことを了解した。

愚かにも私は、また例の知覚の疾病「三半規管の喪失」にかかったのである。

山で道を迷った時から、私はもはや方位の観念を失喪していた。

私は反対の方へ降りたつもりで、逆にまたU町へ戻って来たのだ。

しかもいつも下車する停車場とは、全くちがった方角から、町の中心へ迷い込んだ。

そこで私はすべての印象を反対に、磁石のあべこべの地位で眺め、上下四方前後左右の逆転した、第四次元の別の宇宙(景色の裏側)を見たのであった。

つまり通俗の常識で解説すれば、私はいわゆる「狐に化かされた」のであった。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2JOpfEP

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/641_21647.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp

猫町(14/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(692字。目安の読了時間:2分)

所々に塔のような物が見え出して来た。

屋根も異様に細長く、瘠せた鶏の脚みたいに、へんに骨ばって畸形に見えた。

「今だ!」

 と恐怖に胸を動悸しながら、思わず私が叫んだ時、或る小さな、黒い、鼠のような動物が、街の真中を走って行った。

私の眼には、それが実によくはっきりと映像された。

何かしら、そこには或る異常な、唐突な、全体の調和を破るような印象が感じられた。

 瞬間。

万象が急に静止し、底の知れない沈黙が横たわった。

何事かわからなかった。

だが次の瞬間には、何人にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異変事が現象した。

見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。

猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。

どこを見ても猫ばかりだ。

そして家々の窓口からは、髭の生えた猫の顔が、額縁の中の絵のようにして、大きく浮き出して現れていた。

 戦慄から、私は殆んど息が止まり、正に昏倒するところであった。

これは人間の住む世界でなくて、猫ばかり住んでる町ではないのか。

一体どうしたと言うのだろう。

こんな現象が信じられるものか。

たしかに今、私の頭脳はどうかしている。

自分は幻影を見ているのだ。

さもなければ狂気したのだ。

私自身の宇宙が、意識のバランスを失って崩壊したのだ。

 私は自分が怖くなった。

或る恐ろしい最後の破滅が、すぐ近い所まで、自分に迫って来るのを強く感じた。

戦慄が闇を走った。

だが次の瞬間、私は意識を回復した。

静かに心を落付ながら、私は今一度目をひらいて、事実の真相を眺め返した。

その時もはや、あの不可解な猫の姿は、私の視覚から消えてしまった。

=========================

ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! 

http://bit.ly/2JOpfEP

■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv

■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com

■次に読みたい作品を教えてください!:http://blog.notsobad.jp/entry/2018/05/03/145404

■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/641_21647.html

■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail

メール配信の停止はこちら:https://goo.gl/forms/kVz3fE9HdDq5iuA03

-------

配信元: ブンゴウメール編集部

NOT SO BAD, LLC.

Web: https://bungomail.com

Mail: info@notsobad.jp