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【ブンゴウメール】夢十夜 (17/29)

(679字。目安の読了時間:2分)

天下の英雄はただ仁王と我れとあるのみと云う態度だ。天晴れだ」 と云って賞め出した。


 自分はこの言葉を面白いと思った。
それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、

「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在の妙境に達している」と 云った。


 運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪(たて )に返すや否や斜すに、上から槌を打ち下した。
堅い木を一と刻みに削って、厚い木屑が槌の声に応じて飛んだと思 ったら、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来 た。
その刀の入れ方がいかにも無遠慮であった。
そうして少しも疑念を挾(さしはさ)んでおらんように見えた。


「よくああ無造作に鑿を使って、思うような眉や鼻ができるものだ な」と自分はあんまり感心したから独言のように言った。
するとさっきの若い男が、

「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が 木の中に埋っているのを、鑿(のみ)と槌(つち) の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなもの だからけっして間違うはずはない」と云った。


 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。
はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。
それで急に自分も仁王が彫ってみたくなったから見物をやめてさっ そく家へ帰った。


 道具箱から鑿(のみ)と金槌を持ち出して、裏へ出て見ると、せん だっての暴風で倒れた樫(かし)を、薪にするつもりで、木挽に挽 (ひ)かせた手頃な奴が、たくさん積んであった。

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