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【ブンゴウメール】河童 (24/31)

(1373字。目安の読了時間:3分)

 


「ついてはどうかこの方の御案内を願いたいと思うのですが。」

 長老は大様に微笑しながら、まず僕に挨拶をし、静かに正面の祭壇 を指さしました。


「御案内と申しても、何もお役に立つことはできません。我々信徒 の礼拝するのは正面の祭壇にある『生命の樹』です。『生命の樹』 にはごらんのとおり、金と緑との果がなっています。あの金の果を 『善の果』と言い、あの緑の果を『悪の果』と言います。……」

 僕はこういう説明のうちにもう退屈を感じ出しました。
それはせっかくの長老の言葉も古い比喩のように聞こえたからです 。
僕はもちろん熱心に聞いている容子を装っていました。
が、時々は大寺院の内部へそっと目をやるのを忘れずにいました。


 コリント風の柱、ゴシック風の穹窿(きゅうりゅう)、アラビアじ みた市松模様の床、セセッションまがいの祈祷机、――こういうも のの作っている調和は妙に野蛮な美を具えていました。
しかし僕の目をひいたのは何よりも両側の龕(がん)の中にある大 理石の半身像です。
僕は何かそれらの像を見知っているように思いました。
それもまた不思議ではありません。
あの腰の曲った河童は「生命の樹」の説明をおわると、今度は僕や ラップといっしょに右側の龕の前へ歩み寄り、その龕の中の半身像 にこういう説明を加え出しました。


「これは我々の聖徒のひとり、――あらゆるものに反逆した聖徒ス トリントベリイです。この聖徒はさんざん苦しんだあげく、スウェ デンボルグの哲学のために救われたように言われています。が、 実は救われなかったのです。この聖徒はただ我々のように生活教を 信じていました。――というよりも信じるほかはなかったのでしょ う。この聖徒の我々に残した『伝説』 という本を読んでごらんなさい。この聖徒も自殺未遂者だったこと は聖徒自身告白しています。」

 僕はちょっと憂鬱になり、次の龕(がん)へ目をやりました。
次の龕にある半身像は口髭の太い独逸(ドイツ)人です。


「これはツァラトストラの詩人ニイチェです。その聖徒は聖徒自身 の造った超人に救いを求めました。が、やはり救われずに気違いに なってしまったのです。もし気違いにならなかったとすれば、ある いは聖徒の数へはいることもできなかったかもしれません。……」

 長老はちょっと黙った後、第三の龕(がん)の前へ案内しました。


「三番目にあるのはトルストイです。この聖徒はだれよりも苦行を しました。それは元来貴族だったために好奇心の多い公衆に苦しみ を見せることをきらったからです。 この聖徒は事実上信ぜられない基督(キリスト) を信じようと努力しました。いや、信じているようにさえ公言した こともあったのです。しかしとうとう晩年には悲壮なうそつきだっ たことに堪えられないようになりました。 この聖徒も時々書斎の梁(はり)に恐怖を感じたのは有名です。け れども聖徒の数にはいっているくらいですから、もちろん自殺した のではありません。」

 第四の龕の中の半身像は我々日本人のひとりです。
僕はこの日本人の顔を見た時、さすがに懐しさを感じました。


「これは国木田独歩です。轢死する人足の心もちをはっきり知って いた詩人です。

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