犬を連れた奥さん(1/30) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
(657字。目安の読了時間:2分)
一
海岸通りに新しい顔が現われたという噂であった――犬を連れた奥さんが。
ドミートリイ・ドミートリチ・グーロフは、*ヤールタに来てからもう二週間になり、この土地にも慣れたので、やはりそろそろ新しい顔に興味を持ちだした。
ヴェルネ喫茶店に坐っていると、海岸通りを若い奥さんの通って行くのが見えた。
小柄な薄色髪の婦人で、ベレ帽をかぶっている。
あとからスピッツ種の白い小犬が駈けて行った。
それからも彼は、市立公園や辻の広場で、日に幾度となくその人に出逢った。
彼女は一人っきりで、いつ見ても同じベレをかぶり、白いスピッツ犬を連れて散歩していた。
誰ひとり彼女の身許を知った人はなく、ただ簡単に『犬を連れた奥さん』と呼んでいた。
『あの女が良人も知合いも連れずに来てるのなら』とグーロフは胸算用をするのだった、『ひとつ付き合ってみるのも悪くはないな』
彼はまだ四十の声も聞かないのに、十二になる娘が一人と、中学に通っている息子が二人あった。
妻を当てがわれたのが早く、まだ彼が大学の二年の頃の話だったから、今では妻は彼より一倍半も老けて見えた。
背の高い眉毛の濃い女で、一本気で、お高くとまって、がっちりして、おまけに自ら称するところによると知的な婦人だった。
なかなかの読書家で、手紙も改良仮名遣いで押し通し、良人のこともドミートリイと呼ばずにヂミートリイと呼ぶといった塩梅式だった。
いっぽう彼の方では、心ひそかに妻のことを、浅薄で料簡の狭い野暮な奴だと思って、煙たがって家に居つかなかった。
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というわけで5月は久々の海外作家、アントン・チェーホフの『犬を連れた奥さん』をお送りします。
チェーホフは19世紀末に活躍したロシアを代表する小説家です。
短編小説の名手として知られ、多くの名作を残しています。
(Wikipedia: http://bit.ly/2UUkPSK )
それでは、今月も最後までお楽しみくださいませー!
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