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父帰る(12/15)

(671字。目安の読了時間:2分)

俺は十の時から県庁の給仕をするし、おたあさんはマッチを張るし、いつかもおたあさんのマッチの仕事が一月ばかり無かった時に、親子四人で昼飯を抜いたのを忘れたのか。
俺が一生懸命に勉強したのは皆その敵を取りたいからじゃ。
俺たちを捨てて行った男を見返してやりたいからだ。
父親に捨てられても一人前の人間にはなれるということを知らしてやりたいからじゃ。
俺は父親から少しだって愛された覚えはない。
俺の父親は俺が八歳になるまで家を外に飲み歩いていたのだ。
その揚げ句に不義理な借金をこさえ情婦を連れて出奔したのじゃ。
女房と子供三人の愛を合わしても、その女に叶わなかったのじゃ。
いや、俺の父親がいなくなった後には、おたあさんが俺のために預けておいてくれた十六円の貯金の通帳まで無くなっておったもんじゃ。
新二郎 (涙を呑みながら)しかし兄さん、お父さんはあの通り、あの通りお年を召しておられるんじゃけに……。
賢一郎 新二郎! お前はよくお父さんなどと空々しいことがいえるな。
見も知らない他人がひょっくり入ってきて、俺たちの親じゃというたからとて、すぐに父に対する感情を持つことができるんか。
新二郎 しかし兄さん、肉親の子として、親がどうあろうとも養うて行く……。
賢一郎 義務があるというのか。
自分でさんざん面白いことをしておいて、年が寄って動けなくなったというて帰ってくる。
俺はお前がなんといっても父親はない。
 
父   (憤然として物をいう、しかしそれは飾った怒りでなんの力も伴っていない)賢一郎!

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