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どんぐりと山猫(6/11) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(632字。目安の読了時間:2分)

「こんにちは、よくいらつしやいました。じつはをとゝひから、めんだうなあらそひがおこつて、ちよつと裁判にこまりましたので、あなたのお考へを、うかがひたいとおもひましたのです。まあ、ゆつくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。どうもまい年、この裁判でくるしみます。」山ねこは、ふところから、巻煙草の箱を出して、じぶんが一本くはへ、

「いかゞですか。」と一郎に出しました。

一郎はびつくりして、

「いゝえ。」と言ひましたら、山ねこはおほやうにわらつて、

「ふゝん、まだお若いから、」と言ひながら、マツチをしゆつと擦つて、わざと顔をしかめて、青いけむりをふうと吐きました。

山ねこの馬車別当は、気を付けの姿勢で、しやんと立つてゐましたが、いかにも、たばこのほしいのをむりにこらへてゐるらしく、なみだをぼろぼろこぼしました。

 そのとき、一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるやうな、音をきゝました。

びつくりして屈んで見ますと、草のなかに、あつちにもこつちにも、黄金いろの円いものが、ぴかぴかひかつてゐるのでした。

よくみると、みんなそれは赤いずぼんをはいたどんぐりで、もうその数ときたら、三百でも利かないやうでした。

わあわあわあわあ、みんななにか云つてゐるのです。

「あ、来たな。蟻のやうにやつてくる。おい、さあ、早くベルを鳴らせ。今日はそこが日当りがいゝから、そこのとこの草を刈れ。」やまねこは巻たばこを投げすてて、大いそぎで馬車別当にいひつけました。

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どんぐりと山猫(5/11) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(647字。目安の読了時間:2分)

と言ひますと、男はよろこんで、息をはあはあして、耳のあたりまでまつ赤になり、きもののえりをひろげて、風をからだに入れながら、

「あの字もなかなかうまいか。」ときゝました。

一郎は、おもはず笑ひだしながら、へんじしました。

「うまいですね。五年生だつてあのくらゐには書けないでせう。」

 すると男は、急にまたいやな顔をしました。

「五年生つていふのは、尋常五年生だべ。」その声が、あんまり力なくあはれに聞えましたので、一郎はあわてて言ひました。

「いゝえ、大学校の五年生ですよ。」

 すると、男はまたよろこんで、まるで、顔ぢゆう口のやうにして、にたにたにたにた笑つて叫びました。

「あのはがきはわしが書いたのだよ。」

 一郎はをかしいのをこらへて、

「ぜんたいあなたはなにですか。」とたづねますと、男は急にまじめになつて、

「わしは山ねこさまの馬車別当だよ。」と言ひました。

 そのとき、風がどうと吹いてきて、草はいちめん波だち、別当は、急にていねいなおじぎをしました。

 一郎はをかしいとおもつて、ふりかへつて見ますと、そこに山猫が、黄いろな陣羽織のやうなものを着て、緑いろの眼をまん円にして立つてゐました。

やつぱり山猫の耳は、立つて尖つてゐるなと、一郎がおもひましたら、山ねこはぴよこつとおじぎをしました。

一郎もていねいに挨拶しました。

「いや、こんにちは、きのふははがきをありがたう。」

 山猫はひげをぴんとひつぱつて、腹をつき出して言ひました。

「こんにちは、よくいらつしやいました。

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どんぐりと山猫(4/11) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(665字。目安の読了時間:2分)

そこはうつくしい黄金いろの草地で、草は風にざわざわ鳴り、まはりは立派なオリーヴいろのかやの木のもりでかこまれてありました。

 その草地のまん中に、せいの低いをかしな形の男が、膝を曲げて手に革鞭をもつて、だまつてこつちをみてゐたのです。

 一郎はだんだんそばへ行つて、びつくりして立ちどまつてしまひました。

その男は、片眼で、見えない方の眼は、白くびくびくうごき、上着のやうな半纏のやうなへんなものを着て、だいいち足が、ひどくまがつて山羊のやう、ことにそのあしさきときたら、ごはんをもるへらのかたちだつたのです。

一郎は気味が悪かつたのですが、なるべく落ちついてたづねました。

「あなたは山猫をしりませんか。」

 するとその男は、横眼で一郎の顔を見て、口をまげてにやつとわらつて言ひました。

「山ねこさまはいますぐに、こゝに戻つてお出やるよ。おまへは一郎さんだな。」

 一郎はぎよつとして、一あしうしろにさがつて、

「え、ぼく一郎です。けれども、どうしてそれを知つてますか。」と言ひました。

するとその奇体な男はいよいよにやにやしてしまひました。

「そんだら、はがき見だべ。」

「見ました。それで来たんです。」

「あのぶんしやうは、ずゐぶん下手だべ。」と男は下をむいてかなしさうに言ひました。

一郎はきのどくになつて、

「さあ、なかなか、ぶんしやうがうまいやうでしたよ。」

と言ひますと、男はよろこんで、息をはあはあして、耳のあたりまでまつ赤になり、きもののえりをひろげて、風をからだに入れながら、

「あの字もなかなかうまいか。」

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どんぐりと山猫(3/11) - ブンゴウメール

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(630字。目安の読了時間:2分)

まあもすこし行つてみよう。きのこ、ありがたう。」

 きのこはみんないそがしさうに、どつてこどつてこと、あのへんな楽隊をつづけました。

 一郎はまたすこし行きました。

すると一本のくるみの木の梢を、栗鼠がぴよんととんでゐました。

一郎はすぐ手まねぎしてそれをとめて、

「おい、りす、やまねこがここを通らなかつたかい。」とたづねました。

するとりすは、木の上から、額に手をかざして、一郎を見ながらこたへました。

「やまねこなら、けさまだくらいうちに馬車でみなみの方へ飛んで行きましたよ。」

「みなみへ行つたなんて、二とこでそんなことを言ふのはをかしいなあ。けれどもまあもすこし行つてみよう。りす、ありがたう。」りすはもう居ませんでした。

たゞくるみのいちばん上の枝がゆれ、となりのぶなの葉がちらつとひかつただけでした。

 一郎がすこし行きましたら、谷川にそつたみちは、もう細くなつて消えてしまひました。

そして谷川の南の、まつ黒な榧の木の森の方へ、あたらしいちひさなみちがついてゐました。

一郎はそのみちをのぼつて行きました。

榧の枝はまつくろに重なりあつて、青ぞらは一きれも見えず、みちは大へん急な坂になりました。

一郎が顔をまつかにして、汗をぽとぽとおとしながら、その坂をのぼりますと、にはかにぱつと明るくなつて、眼がちくつとしました。

そこはうつくしい黄金いろの草地で、草は風にざわざわ鳴り、まはりは立派なオリーヴいろのかやの木のもりでかこまれてありました。

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どんぐりと山猫(2/11) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(617字。目安の読了時間:2分)

栗の木はちよつとしづかになつて、

「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」と答へました。

「東ならぼくのいく方だねえ、をかしいな、とにかくもつといつてみよう。栗の木ありがたう。」

 栗の木はだまつてまた実をばらばらとおとしました。

 一郎がすこし行きますと、そこはもう笛ふきの滝でした。

笛ふきの滝といふのは、まつ白な岩の崖のなかほどに、小さな穴があいてゐて、そこから水が笛のやうに鳴つて飛び出し、すぐ滝になつて、ごうごう谷におちてゐるのをいふのでした。

 一郎は滝に向いて叫びました。

「おいおい、笛ふき、やまねこがここを通らなかつたかい。」

 滝がぴーぴー答へました。

「やまねこは、さつき、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ。」

「をかしいな、西ならぼくのうちの方だ。けれども、まあも少し行つてみよう。ふえふき、ありがたう。」

 滝はまたもとのやうに笛を吹きつゞけました。

 一郎がまたすこし行きますと、一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どつてこどつてこどつてこと、変な楽隊をやつてゐました。

 一郎はからだをかがめて、

「おい、きのこ、やまねこが、こゝを通らなかつたかい。」

とききました。

するときのこは

「やまねこなら、けさはやく、馬車で南の方へ飛んで行きましたよ。」とこたへました。

一郎は首をひねりました。

「みなみならあつちの山のなかだ。をかしいな。まあもすこし行つてみよう。

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どんぐりと山猫(1/11) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(584字。目安の読了時間:2分)

 をかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。

かねた一郎さま 九月十九日

あなたは、ごきげんよろしいほで、けつこです。

あした、めんどなさいばんしますから、おいで

んなさい。

とびどぐもたないでくなさい。

                山ねこ 拝

 こんなのです。

字はまるでへたで、墨もがさがさして指につくくらゐでした。

けれども一郎はうれしくてうれしくてたまりませんでした。

はがきをそつと学校のかばんにしまつて、うちぢゆうとんだりはねたりしました。

 ね床にもぐつてからも、山猫のにやあとした顔や、そのめんだうだといふ裁判のけしきなどを考へて、おそくまでねむりませんでした。

 けれども、一郎が眼をさましたときは、もうすつかり明るくなつてゐました。

おもてにでてみると、まはりの山は、みんなたつたいまできたばかりのやうにうるうるもりあがつて、まつ青なそらのしたにならんでゐました。

一郎はいそいでごはんをたべて、ひとり谷川に沿つたこみちを、かみの方へのぼつて行きました。

 すきとほつた風がざあつと吹くと、栗の木はばらばらと実をおとしました。

一郎は栗の木をみあげて、

「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかつたかい。」とききました。

栗の木はちよつとしづかになつて、

「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」

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オツベルと象(10/10) - ブンゴウメール

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(589字。目安の読了時間:2分)

百姓どもは眼もくらみ、そこらをうろうろするだけだ。

そのうち外の象どもは、仲間のからだを台にして、いよいよ塀を越しかかる。

だんだんにゅうと顔を出す。

その皺くちゃで灰いろの、大きな顔を見あげたとき、オツベルの犬は気絶した。

さあ、オツベルは射ちだした。

六連発のピストルさ。

ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾丸は通らない。

牙にあたればはねかえる。

一疋なぞは斯う言った。

「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔へあたるんだ。」

 オツベルはいつかどこかで、こんな文句をきいたようだと思いながら、ケースを帯からつめかえた。

そのうち、象の片脚が、塀からこっちへはみ出した。

それからも一つはみ出した。

五匹の象が一ぺんに、塀からどっと落ちて来た。

オツベルはケースを握ったまま、もうくしゃくしゃに潰れていた。

早くも門があいていて、グララアガア、グララアガア、象がどしどしなだれ込む。

「牢はどこだ。」みんなは小屋に押し寄せる。

丸太なんぞは、マッチのようにへし折られ、あの白象は大へん瘠せて小屋を出た。

「まあ、よかったねやせたねえ。」みんなはしずかにそばにより、鎖と銅をはずしてやった。

「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ。」白象はさびしくわらってそう云った。

 おや〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。

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