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麦藁帽子(12/31)

(577字。目安の読了時間:2分)

そうしてそれが、砂の中から浮んでいる私の顔を、とても変梃にさせていそうだった。
私はいっそのこと、そんな顔も砂の中に埋めてしまいたかった! 何故なら、私は田舎から、私の母へ宛てて、わざと悲しそうな手紙ばかり送っていた。
その方が彼女には気に入るだろうと思って……。
彼女から遠くに離れているばかりに、私がそんなにも悲しそうにしているのを見て、私の母は感動して、私を連れ戻しに来たのかしら?……それだのに、私は、彼女に隠し立てをしていた一人の少女のために、今、こんなにも幸福の中に生埋めにされている!
 おっと、待てよ。
今のさっきの様子では、お前は私の母をなんだか知っていたようだぞ! そんな筈(はず)じゃなかったのに?……と、私は砂の中からこっそりとみんなの様子をうかがっている。
どうやら、私の母とお前たちの家族とは、ずっと前からの知合らしい。
私にはどうしてもそれが分らない。
これでは、欺こうとしていた私の方が、反対に、私の母に裏を掻(か)かれていたようなものだ。
突然、私は砂を払いのけながら、起き上る。
今度はこっちで、あべこべに、母の隠し立てを見つけてやるからいい!……そこで、私はお前にそっと捜りを入れてみる。
皆のしんがりになって、家の方へ引きあげて行きながら。
……
「どうして僕のお母さんを知っていたの?」

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麦藁帽子(11/31)

(563字。目安の読了時間:2分)

それから私は郵便局で、私の母へ宛てて電報を打った。
「ボンボンオクレ」
 そうして私は汗だくになって、決勝点に近づくときの選手の真似をして、死にものぐるいの恰好で、ペダルを踏みながら、村に帰ってきた。
 それから二三日が過ぎた。
或る日のこと、海岸で、私たちは寝そべりながら、順番に、お互を砂の中に埋めっこしていた。
私の番だった。
私は全身を生埋めにされて、やっと、私の顔だけを、砂の中から出していた。
お前がその細部を仕上げていた。
私はお前のするがままになりながら、さっきから、向うの大きな松の木の下に、私たちの方を見ては、笑いながら話し合っている二人の婦人のいるのを、ぼんやり認めていた。
そのうちの海水帽をかぶった方は、お前の母らしかった。
もう一人の方は、この村では、つい見かけたことのない婦人に見えた。
黒いパラソルをさしていた。
「あら、たっちゃんのお母様だわ」お前は、海水着の砂を払いながら、起き上った。
「ふん……」私は気のなさそうな返事をした。
そうして皆が起き上ったのに、私一人だけ、いつまでも砂の中に埋まっていた。
私は心臓をどきどきさせていた。
私の隠し立てが、今にもばれそうなので。
そうしてそれが、砂の中から浮んでいる私の顔を、とても変梃にさせていそうだった。

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麦藁帽子(10/31)

(569字。目安の読了時間:2分)

むしろ、そんな薄情な奴になるより、嘘つきになった方がましだ。
 私は頬をふくらませて、何も云わずに、汗を拭いていた。
どうも、さっきから、あの夾竹桃の薄紅い花が目ざわりでいけない。
 この二三日、お前は、鼠色の、だぶだぶな海水着をきている。
お前はそれを着るのをいやがっていた。
いままでのお前の海水着には、どうしたのか、胸のところに大きな心臓型の孔があいてしまったのだ。
そこでお前は間に合わせに、あんまり海へはいらない、お前の姉の奴を、借りて着ているのだ。
この村では、新しい海水着などは手に入らなかった。
一里ばかり向うの、駅のある町まで買いに行かなければ。
――そこで或る日、私はテニスの失敗をつぐなう積りで、自分から、その使者を申し出た。
「何処かで自転車を貸してくれるかしら?」
「理髪店のならば……」
 私は大きな海水帽をかぶって、炎天の下を、その理髪店の古ぼけた自転車に跨(またが)って、出発した。
 その町で、私は数軒の洋品店を捜し廻った。
少女用の海水着の買物がなんと私の心を奪ったことか! 私はお前に似合いそうな海水着を、とっくに見つけてしまってからも、私はただ私自身を満足させるために、いつまでも、それを選んでいるように見せかけた。
それから私は郵便局で、私の母へ宛てて電報を打った。

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麦藁帽子(9/31)

(633字。目安の読了時間:2分)

……ちょっと、やってみない」
「だってラケットはなし、一体何処でするのさ」
「小学校へ行けば、みんな貸してくれるわ」
 それがお前と二人きりで遊ぶには、もってこいの機会に見えたので、私はそれを逃がすまいとして、すぐ分るような嘘(うそ)をついた。
私はまだ一度もラケットを手にしたことなんか無かったのだ。
しかし少女の相手ぐらいなら、そんなものはすぐ出来そうに思えた。
お前の兄たちがいつも、テニスなんか! と軽蔑していたから。
しかし彼等も、私たちに誘われると、一しょに小学校へ行った。
そこへ行くと、砲丸投げが出来るので。
 小学校の庭には、夾竹桃が花ざかりだった。
彼等は、すぐその木蔭で、砲丸投げをやり出した。
私とお前とは、其処からすこし離して、白墨で線を描いて、ネットを張って、それからラケットを握って、真面目くさって向い合った。
が、やってみると、思ったよりか、お前の打つ球が強いので、私の受けかえす球は、大概ネットにひっかかってしまった。
五六度やると、お前は怒ったような顔をして、ラケットを投げ出した。
「もう止しましょう」
「どうしてさ?」私はすこしおどおどしていた。
「だって、ちっとも本気でなさらないんですもの……つまらないわ」
 そうして見ると、私の嘘は看破られたのではなかった。
が、お前のそういう誤解が、私を苦しめたのは、それ以上だった。
むしろ、そんな薄情な奴になるより、嘘つきになった方がましだ。

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麦藁帽子(8/31)

(580字。目安の読了時間:2分)

 まだあんまり開けていない、そのT村には、避暑客らしいものは、私たちの他には、一組もない位だった。
私たちはその小さな村の人気者だった。
海岸などにいると、いつも私たちの周りには人だかりがした程に。
そうして村の善良な人々は、私のことを、お前の兄だと間違えていた。
それが私をますます有頂天にさせた。
 そればかりでなしに、私の母みたいな、子供のうるさがるような愛し方をしないお前の母は、私をもその子供並みにかなり無頓着に取り扱った。
それが私に、自分は彼女にも気に入っているのだと信じさせた。
 予定の一週間はすでに過ぎていた。
しかし私は都会へ帰ろうとはしなかった。
 ああ、私はお前の兄たちに見習って、お前に意地悪ばかりしてさえいれば、こんな失敗はしなかったろうに! ふと私に魔がさした。
私は一度でもいいから、お前と二人きりで、遊んでみたくてしようがなくなった。
「あなた、テニス出来て?」或る日、お前が私に云った。
「ああ、すこし位なら……」
「じゃ、私と丁度いい位かしら?……ちょっと、やってみない」
「だってラケットはなし、一体何処でするのさ」
「小学校へ行けば、みんな貸してくれるわ」
 それがお前と二人きりで遊ぶには、もってこいの機会に見えたので、私はそれを逃がすまいとして、すぐ分るような嘘(うそ)をついた。

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麦藁帽子(7/31)

(602字。目安の読了時間:2分)

「今日はまだ一ぺんもしてあげなかったのね……」そう云って、お前はその小さな弟を引きよせて、私たちのいる前で、平気で彼と接吻をする。
 私はいつまでも投球のモオションを続けながら、それを横目で見ている。
 その牧場のむこうは麦畑だった。
その麦畑と麦畑の間を、小さな川が流れていた。
よくそこへ釣りをしに行った。
お前は私たちの後から、黐竿(もちざお)を肩にかついだ小さな弟と一しょに、魚籠をぶらさげて、ついてきた。
私は蚯蚓(みみず)がこわいので、お前の兄たちにそれを釣針につけて貰(もら)った。
しかし私はすぐそれを食われてしまう。
すると、しまいには彼等はそれを面倒くさがって、そばで見ているお前に、その役を押しつける。
お前は私みたいに蚯蚓をこわがらないので。
お前はそれを私の釣針につけてくれるために、私の方へ身をかがめる。
お前はよそゆきの、赤いさくらんぼの飾りのついた、麦藁帽子をかぶっている。
そのしなやかな帽子の縁が、私の頬(ほお)をそっと撫(な)でる。
私はお前に気どられぬように深い呼吸をする。
しかしお前はなんの匂いもしない。
ただ麦藁帽子の、かすかに焦げる匂いがするきりで。
……私は物足りなくて、なんだかお前にだまかされているような気さえする。
 まだあんまり開けていない、そのT村には、避暑客らしいものは、私たちの他には、一組もない位だった。

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麦藁帽子(6/31)

(593字。目安の読了時間:2分)

 沖の方で泳いでいると、水があんまり綺麗なので、私たちの泳いでいる影が、魚のかげと一しょに、水底に映った。
そのおかげで、空にそれとよく似た雲がうかんでいる時は、それもまた、私たちの空にうつる影ではないかとさえ思えてくる。
……
 私たちの田舎ずまいは、一銭銅貨の表と裏とのように、いろんな家畜小屋と脊中合わせだった。
ときどき家畜らが交尾をした。
そのための悲鳴が私たちのところまで聞えてきた。
裏木戸を出ると、そこに小さな牧場があった。
いつも牛の夫婦が草をたべていた。
夕方になると、彼等は何処へともなく姿を消す。
そのあとで、私たちはいつもキャッチボオルをした。
するとお前は、或る時はお前の姉と、或る時はお前の小さな弟と、其処まで遊びに出てきた。
いつだったかのように、遠くで花を摘んだり、お前の習ったばかりの讃美歌を唱ったりしながら。
ときどきお前がつかえると、お前の姉が小声でそれを続けてやった。
――まだ八つにしかならない、お前の小さな弟は、始終お前のそばに附きっきりだった。
彼は私たちの仲間入りをするには、あんまり小さ過ぎた。
そんな小さな弟に毎日一ぺんずつ接吻をしてやるのが、お前の日課の一つだった。
「今日はまだ一ぺんもしてあげなかったのね……」そう云って、お前はその小さな弟を引きよせて、私たちのいる前で、平気で彼と接吻をする。

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