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【ブンゴウメール】夢十夜 (27/29)

第十夜


 庄太郎が女に攫(さら)われてから七日目の晩にふらりと帰って来 て、急に熱が出てどっと、床に就いていると云って健さんが知らせ に来た。


 庄太郎は町内一の好男子で、至極善良な正直者である。
ただ一つの道楽がある。
パナマの帽子を被って、夕方になると水菓子屋の店先へ腰をかけて 、往来の女の顔を眺めている。
そうしてしきりに感心している。
そのほかにはこれと云うほどの特色もない。


 あまり女が通らない時は、往来を見ないで水菓子を見ている。
水菓子にはいろいろある。
水蜜桃や、林檎や、枇杷(びわ)や、バナナを綺麗に籠に盛って、 すぐ見舞物に持って行けるように二列に並べてある。
庄太郎はこの籠を見ては綺麗だと云っている。
商売をするなら水菓子屋に限ると云っている。
そのくせ自分はパナマの帽子を被ってぶらぶら遊んでいる。


 この色がいいと云って、夏蜜柑などを品評する事もある。
けれども、かつて銭を出して水菓子を買った事がない。
ただでは無論食わない。
色ばかり賞めている。


 ある夕方一人の女が、不意に店先に立った。
身分のある人と見えて立派な服装をしている。
その着物の色がひどく庄太郎の気に入った。
その上庄太郎は大変女の顔に感心してしまった。
そこで大事なパナマの帽子を脱って丁寧に挨拶をしたら、女は籠詰 の一番大きいのを指して、これを下さいと云うんで、庄太郎はすぐ その籠を取って渡した。
すると女はそれをちょっと提げて見て、大変重い事と云った。


 庄太郎は元来閑人の上に、すこぶる気作な男だから、ではお宅まで 持って参りましょうと云って、女といっしょに水菓子屋を出た。

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