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秘密(9/30)

(638字。目安の読了時間:2分)

女物に限らず、凡べて美しい絹物を見たり、触れたりする時は、何となく顫い附きたくなって、丁度恋人の肌の色を眺めるような快感の高潮に達することが屡々であった。
殊に私の大好きなお召や縮緬を、世間憚(はばか)らず、恣に着飾ることの出来る女の境遇を、嫉ましく思うことさえあった。
あの古着屋の店にだらりと生々しく下って居る小紋縮緬の袷―――あのしっとりした、重い冷たい布が粘つくように肉体を包む時の心好さを思うと、私は思わず戦慄した。
あの着物を着て、女の姿で往来を歩いて見たい。
………こう思って、私は一も二もなくそれを買う気になり、ついでに友禅の長襦袢や、黒縮緬の羽織迄も取りそろえた。
大柄の女が着たものと見えて、小男の私には寸法も打ってつけであった。
夜が更けてがらんとした寺中がひっそりした時分、私はひそかに鏡台に向って化粧を始めた。
黄色い生地の鼻柱へ先ずベットリと練りお白粉をなすり着けた瞬間の容貌は、少しグロテスクに見えたが、濃い白い粘液を平手で顔中へ万遍なく押し拡げると、思ったよりものりが好く、甘い匂いのひやひやとした露が、毛孔へ沁(し)み入る皮膚のよろこびは、格別であった。
紅やとのこを塗るに随って、石膏の如く唯徒らに真っ白であった私の顔が、溌剌(はつらつ)とした生色ある女の相に変って行く面白さ。
文士や画家の芸術よりも、俳優や芸者や一般の女が、日常自分の体の肉を材料として試みている化粧の技巧の方が、遥(はる)かに興味の多いことを知った。

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