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幸福への意志(8/30)

(641字。目安の読了時間:2分)

 僕等は実際、その翌日の正午頃、テレエジェン街のある立派な家の二階で、ベルを鳴らしたのである。
ベルのわきには、太い黒い字で、男爵フォン・シュタインという名が書いてあった。
 パオロはみちみちずっと興奮しつづけていて、乱暴に近いほど陽気だった。
ところが、今二人で扉の開くのを待っている間に、僕は彼の様子に奇妙な変化を認めた。
僕と並んで立っている彼は、瞼を神経的に慄わせているほか、どこもかしこも完全に静かだった――それは無理強いの緊張した静けさだった。
首を少し差し伸べている。
額の皮が張り切っている。
その様子は、耳をぴくぴくと尖らせて、あらゆる筋肉を緊張させながら、物音をうかがっている獣かなにかのような感じがした。
 僕等の名刺を受け取って引っ込んだ召使が、また出て来て、奥様はすぐお見えになりましょうから、しばらくおかけ下さいと勧めながら、かなり大きな、黒っぽい家具の置かれた部屋の扉を開けてくれた。
 僕等が中へ通ると同時に、往来に面した出窓のところで、薄色の春の衣裳を着た若い婦人が立ち上って、探るような顔つきで、一瞬間たたずんでいた。
「十九の娘だな。」と僕は思わず連れのほうへ、ちょっと横眼をつかいながら考えた。
すると「男爵令嬢アダ。」と彼が僕にささやいた。
 令嬢はすらりとした姿の、しかし年の割には成熟した輪郭を持った人で、きわめて柔かな、ほとんどものうげな身のこなしを見ると、そんなに若い娘さんとはちょっと思えないほどであった。

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