老妓抄(8/30) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
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「なら、早くそれをやればいいじゃないか」
柚木は老妓の顔を見上げたが
「やればいいじゃないかって、そう事が簡単に……(柚木はここで舌打をした)だから君たちは遊び女といわれるんだ」
「いやそうでないね。こう云い出したからには、こっちに相談に乗ろうという腹があるからだよ。食べる方は引受けるから、君、思う存分にやってみちゃどうだね」
こうして、柚木は蒔田の店から、小そのが持っている家作の一つに移った。
老妓は柚木のいうままに家の一部を工房に仕替え、多少の研究の機械類も買ってやった。
小さい時から苦学をしてやっと電気学校を卒業はしたが、目的のある柚木は、体を縛られる勤人になるのは避けて、ほとんど日傭取り同様の臨時雇いになり、市中の電気器具店廻りをしていたが、ふと蒔田が同郷の中学の先輩で、その上世話好きの男なのに絆され、しばらくその店務を手伝うことになって住み込んだ。
だが蒔田の家には子供が多いし、こまこました仕事は次から次とあるし、辟易していた矢先だったのですぐに老妓の後援を受け入れた。
しかし、彼はたいして有難いとは思わなかった。
散々あぶく銭を男たちから絞って、好き放題なことをした商売女が、年老いて良心への償いのため、誰でもこんなことはしたいのだろう。
こっちから恩恵を施してやるのだという太々しい考は持たないまでも、老妓の好意を負担には感じられなかった。
生れて始めて、日々の糧の心配なく、専心に書物の中のことと、実験室の成績と突き合せながら、使える部分を自分の工夫の中へ鞣し取って、世の中にないものを創り出して行こうとする静かで足取りの確かな生活は幸福だった。
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