老妓抄(17/30) - ブンゴウメール
ブンゴウメール
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顔は少し横向きになっていたので、厚く白粉をつけて、白いエナメルほど照りを持つ頬から中高の鼻が彫刻のようにはっきり見えた。
老妓は船の中の仕切りに腰かけていて、帯の間から煙草入れとライターを取出しかけながら
「いい景色だね」と云った。
円タクに乗ったり、歩いたりして、一行は荒川放水路の水に近い初夏の景色を見て廻った。
工場が殖え、会社の社宅が建ち並んだが、むかしの鐘ヶ淵や、綾瀬の面かげは石炭殻の地面の間に、ほんの切れ端になってところどころに残っていた。
綾瀬川の名物の合歓の木は少しばかり残り、対岸の蘆洲の上に船大工だけ今もいた。
「あたしが向島の寮に囲われていた時分、旦那がとても嫉妬家でね、この界隈から外へは決して出してくれない。それであたしはこの辺を散歩すると云って寮を出るし、男はまた鯉釣りに化けて、この土手下の合歓の並木の陰に船を繋って、そこでいまいうランデブウをしたものさね」
夕方になって合歓の花がつぼみかかり、船大工の槌の音がいつの間にか消えると、青白い河靄がうっすり漂う。
「私たちは一度心中の相談をしたことがあったのさ。なにしろ舷一つ跨げば事が済むことなのだから、ちょっと危かった」
「どうしてそれを思い止ったのか」と柚木はせまい船のなかをのしのし歩きながら訊いた。
「いつ死のうかと逢う度毎に相談しながら、のびのびになっているうちに、ある日川の向うに心中態の土左衛門が流れて来たのだよ。
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