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幸福への意志(10/30)

(564字。目安の読了時間:2分)

「失礼ですが、私の友だちを紹介いたします。一緒にABCを習った小学時代の同輩です。」
 令嬢は僕にも手を差出した。
柔かな、骨がなさそうに思われる、ひとつも飾りのない手である。
「嬉しゅう存じます――」と、微かなふるえを特有とする暗いまなざしを、僕の上に据えながら、令嬢はいった。
「それに両親も喜ぶでございましょう……おとりつぎいたしたのだとよろしゅうございますが。」
 令嬢がトルコ椅子に座を占めると、僕等二人は令嬢と相対して椅子についた。
彼女の白い力のない両手は、雑談の間、膝にのっていた。
寛やかな袖は、やっと肱を越すぐらいだった。
手首の柔かなふくらみが僕の眼をひいた。
 数分の後、隣室に通ずる扉が開いて、両親が入って来た。
男爵はしゃれた身なりの、ずんぐりした、頭の禿げた人で、灰色の八字髭を生やしている。
太い金の腕輪をカフスの中へ押し込む様子に、誰にもまねのできない趣きがある。
男爵に叙せられた当時、彼の苗字が二綴か三綴、犠牲になったかどうか、それは判然とは見きわめられなかった。
これに反して夫人のほうは、無趣味な灰色の衣裳を着ている、醜い小さなユダヤ婦人、というにすぎなかった。
その両耳には、大きなダイヤモンドが輝いていた。
 僕は引き合されて、ごく慇懃な挨拶を受けた。

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