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幸福への意志(18/30)

(583字。目安の読了時間:2分)

そして開け放された方々の扉から、時々、新聞売子の尾を長く引いた呼び声が、広間の中へひびいてくる。
 と、不意に僕は、僕と同年配ぐらいの紳士が一人、ゆっくり卓の間をぬって、出口の一つへと進んで行くのを見た。
……あの歩きつきは――? と思った時には、しかしもうその人もまた、僕のほうへ顔を向けて、眉をあげると、嬉しく驚いたように、「ああ」と声を立てながら、僕のほうへやって来た。
「こんなところに来ているのか。」と、僕等はほとんど一緒に同じことをさけんだ。
そして彼はこうつけ加えた。
「じゃ、二人ともまだ生きていたわけだね。」
 そういいながら、彼は眼を少しわきのほうへそらせた。
――この五年の間に、彼はほとんど変っていなかった。
ただ顔がおそらくはなお細くなったのと、眼が前よりもっとくぼんだぐらいなものである。
ときおり、彼は深い溜息をついた。
「もう長いことロオマにいるんだね。」と、彼は問うた。
「町にはまだわずかばかりだ。田舎に二三カ月いたんだよ。君は?」
「僕は一週間前まで海岸にいた。知ってるだろう。僕はもとから山より海のほうがすきなんだ。……そうさ、君と会わなくなってから、世界中ずいぶんいろんな土地を見て歩いたよ。」
 そして彼は、僕と並んで一杯のソルベットオをすすりながら、この年月どう暮していたかを、物語りはじめた。

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