ブンゴウメール公式ブログ

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2018-08-01から1ヶ月間の記事一覧

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (16/31)

(678字。目安の読了時間:2分) 当時にしちゃあ、随分高いお金を払ったと申して居りましたっけ」 老人は「兄が」と云うたびに、まるでそこにその人が坐ってでもいる様に、押絵の老人の方に目をやったり、指さしたりした。 老人は彼の記憶にある本当の兄と、…

【ブンゴウメール】人間椅子 (15/31)

(587字。目安の読了時間:2分) 私は、非常に長い間(ただそんなに感じたのかも知れませんが)少しの物音も聞き洩(もら)すまいと、全神経を耳に集めて、じっとあたりの様子を伺って居りました。 そうして、暫くしますと、多分廊下の方からでしょう、コツ…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (15/31)

(675字。目安の読了時間:2分) 「殊に、一方の、白髪の老人の身の上話をでございますよ」 「若い時分からのですか」 私も、その晩は、何故か妙に調子はずれな物の云い方をした。 「ハイ、あれが二十五歳の時のお話でございますよ」 「是非うかがいたいもの…

【ブンゴウメール】人間椅子 (13/31)

(598字。目安の読了時間:2分) もうとっくに、御気づきでございましょうが、私の、この奇妙な行いの第一の目的は、人のいない時を見すまして、椅子の中から抜け出し、ホテルの中をうろつき廻って、盗みを働くことでありました。 椅子の中に人間が隠れてい…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (14/31)

(670字。目安の読了時間:2分) すると、それはやっぱり淋しい夜の汽車の中であって、押絵の額も、それをささげた老人の姿も、元のままで、窓の外は真暗だし、単調な車輪の響も、変りなく聞えていた。 悪夢から醒めた気持であった。 「あなた様は、不思議相…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (13/31)

(645字。目安の読了時間:2分) といった様な形容の出来ない変てこな気持で、併し私は憑(つ)かれた様にその不可思議な世界に見入ってしまった。 娘は動いていた訳ではないが、その全身の感じが、肉眼で見た時とは、ガラリと変って、生気に満ち、青白い顔…

【ブンゴウメール】人間椅子 (12/31)

(578字。目安の読了時間:2分) 考えて見れば、墓場に相違ありません。 私は、椅子の中へ這入ると同時に、丁度、隠れ簑でも着た様に、この人間世界から、消滅して了う訳ですから。 間もなく、商会から使のものが、四脚の肘掛椅子を受取る為に、大きな荷車を…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (12/31)

(655字。目安の読了時間:2分) 焦点が合って行くに従って、二つの円形の視野が、徐々に一つに重なり、ボンヤリとした虹の様なものが、段々ハッキリして来ると、びっくりする程大きな娘の胸から上が、それが全世界ででもある様に、私の眼界一杯に拡がった。…

【ブンゴウメール】人間椅子 (11/31)

(545字。目安の読了時間:2分) 無論、そこには、巌丈な木の枠と、沢山なスプリングが取りつけてありますけれど、私はそれらに、適当な細工を施して、人間が掛ける部分に膝を入れ、凭れの中へ首と胴とを入れ、丁度椅子の形に坐れば、その中にしのんでいられ…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (11/31)

(774字。目安の読了時間:2分) 左様丁度その辺がようございましょう」 誠に異様な頼みではあったけれど、私は限りなき好奇心のとりことなって、老人の云うがままに、席を立って額から五六歩遠ざかった。 老人は私の見易い様に、両手で額を持って、電燈にか…

【ブンゴウメール】人間椅子 (10/31)

(641字。目安の読了時間:2分) それは、夢の様に荒唐無稽で、非常に不気味な事柄でした。 でも、その不気味さが、いいしれぬ魅力となって、私をそそのかすのでございます。 最初は、ただただ、私の丹誠を籠めた美しい椅子を、手離し度くない、出来ることな…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (10/31)

(681字。目安の読了時間:2分) 額全体が余程古いものらしく、背景の泥絵具は所々はげ落ていたし、娘の緋鹿の子も、老人の天鵞絨も、見る影もなく色あせていたけれど、はげ落ち色あせたなりに、名状し難き毒々しさを保ち、ギラギラと、見る者の眼底に焼つく…

【ブンゴウメール】人間椅子 (9/31)

(562字。目安の読了時間:2分) 私は例によって、四脚一組になっているその椅子の一つを、日当りのよい板の間へ持出して、ゆったりと腰を下しました。 何という坐り心地のよさでしょう。 フックラと、硬すぎず軟かすぎぬクッションのねばり工合、態と染色を…

【ブンゴウメール】人間椅子 (8/31)

(597字。目安の読了時間:2分) 「こんな、うじ虫の様な生活を、続けて行く位なら、いっそのこと、死んで了った方が増しだ」私は、真面目に、そんなことを思います。 仕事場で、コツコツと鑿(のみ)を使いながら、釘を打ちながら、或は、刺戟の強い塗料を…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (9/31)

(665字。目安の読了時間:2分) 洋服の老人と色娘の対照と、甚だ異様であったことは云うまでもないが、だが私が「奇妙」に感じたというのはそのことではない。 背景の粗雑に引かえて、押絵の細工の精巧なことは驚くばかりであった。 顔の部分は、白絹は凹凸…

【ブンゴウメール】人間椅子 (7/31)

(586字。目安の読了時間:2分) ところが、いつの場合にも、私のこの、フーワリとした紫の夢は、忽(たちま)ちにして、近所のお上さんの姦(かしま)しい話声や、ヒステリーの様に泣き叫ぶ、其辺の病児の声に妨げられて、私の前には、又しても、醜い現実が…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (8/31)

(668字。目安の読了時間:2分) 何故であったか、その理由は今でも分らないのだが、何となくそうしなければならぬ感じがして、数秒の間目をふさいでいた。 再び目を開いた時、私の前に、嘗て見たことのない様な、奇妙なものがあった。 と云って、私はその「…

【ブンゴウメール】人間椅子 (6/31)

(603字。目安の読了時間:2分) 壁間には定めし、有名な画家の油絵が懸り、天井からは、偉大な宝石の様な装飾電燈(シャンデリヤ)が、さがっているに相違ない。 床には、高価な絨氈(じゅうたん)が、敷きつめてあるだろう。 そして、この椅子の前のテーブ…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (7/31)

(678字。目安の読了時間:2分) 私は彼と向き合ったクッションへ、そっと腰をおろし、近寄れば一層異様に見える彼の皺だらけの白い顔を、私自身が妖怪ででもある様な、一種不可思議な、顛倒した気持で、目を細く息を殺してじっと覗き込んだものである。 男…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (6/31)

(677字。目安の読了時間:2分) それから、小駅を二三通過する間、私達はお互の隅に坐ったまま、遠くから、時々視線をまじえては、気まずく外方を向くことを、繰返していた。 外は全く暗闇になっていた。 窓ガラスに顔を押しつけて覗いて見ても、時たま沖の…

【ブンゴウメール】人間椅子 (5/31)

(650字。目安の読了時間:2分) 併し、不幸な私は、何れの恵みにも浴することが出来ず、哀れな、一家具職人の子として、親譲りの仕事によって、其日其日の暮しを、立てて行く外はないのでございました。 私の専門は、様々の椅子を作ることでありました。 私…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (5/31)

(694字。目安の読了時間:2分) それに、彼が再び包む時にチラと見た所によると、額の表面に描かれた極彩色の絵が、妙に生々しく、何となく世の常ならず見えたことであった。 私は更めて、この変てこな荷物の持主を観察した。 そして、持主その人が、荷物の…

【ブンゴウメール】人間椅子 (4/31)

(534字。目安の読了時間:2分) そうでないと、若し、あなたが、この無躾な願いを容れて、私にお逢(あ)い下さいました場合、たださえ醜い私の顔が、長い月日の不健康な生活の為に、二た目と見られぬ、ひどい姿になっているのを、何の予備知識もなしに、あ…

【ブンゴウメール】人間椅子 (3/31)

(661字。目安の読了時間:2分) 勿論、広い世界に誰一人、私の所業を知るものはありません。 若し、何事もなければ、私は、このまま永久に、人間界に立帰ることはなかったかも知れないのでございます。 ところが、近頃になりまして、私の心にある不思議な変…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (4/31)

(699字。目安の読了時間:2分) 不思議な偶然であろうか、あの辺の汽車はいつでもそうなのか、私の乗った二等車は、教会堂の様にガランとしていて、私の外にたった一人の先客が、向うの隅のクッションに蹲(うずくま)っているばかりであった。 汽車は淋(…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (3/31)

(672字。目安の読了時間:2分) それは、妙な形の黒雲と似ていたけれど、黒雲なればその所在がハッキリ分っているに反し、蜃気楼は、不思議にも、それと見る者との距離が非常に曖昧なのだ。 遠くの海上に漂う大入道の様でもあり、ともすれば、眼前一尺に迫…

【ブンゴウメール】人間椅子 (2/31)

(578字。目安の読了時間:2分) 別段通知の手紙は貰(もら)っていないけれど、そうして、突然原稿を送って来る例は、これまでにしても、よくあることだった。 それは、多くの場合、長々しく退屈極る代物であったけれど、彼女は兎も角も、表題丈でも見て置…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (2/31)

(637字。目安の読了時間:2分) 蛤(はまぐり)の息の中に美しい龍宮城の浮んでいる、あの古風な絵を想像していた私は、本物の蜃気楼を見て、膏汗のにじむ様な、恐怖に近い驚きに撃たれた。 魚津の浜の松並木に豆粒の様な人間がウジャウジャと集まって、息…

【ブンゴウメール】人間椅子 (1/31)

(529字。目安の読了時間:2分) 佳子は、毎朝、夫の登庁を見送って了うと、それはいつも十時を過ぎるのだが、やっと自分のからだになって、洋館の方の、夫と共用の書斎へ、とじ籠るのが例になっていた。 そこで、彼女は今、K雑誌のこの夏の増大号にのせる…

【ブンゴウメール】押絵と旅する男 (1/31)

(667字。目安の読了時間:2分) この話が私の夢か私の一時的狂気の幻でなかったならば、あの押絵と旅をしていた男こそ狂人であったに相違ない。 だが、夢が時として、どこかこの世界と喰違った別の世界を、チラリと覗(のぞ)かせてくれる様に、又狂人が、…