ブンゴウメール公式ブログ

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2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧

僕の孤独癖について(8/8) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (626字。目安の読了時間:2分) ニイチェは読書を「休息」だと言つたが、今の僕にとつて、交際はたしかに一つの「休息」である。 人と話をして居る間だけは、何も考へずに愉快で居られるからである。 煙草や酒と同じく、交際もまた一つの「…

僕の孤独癖について(7/8) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (746字。目安の読了時間:2分) 僕は一体話題のすくない人間であり、自己の狭い主観的興味に属すること以外、一切話することの出来ない質の人間だから、先方で話題を持ちかけて来ない以上は、幾時間でも黙つてゐる外はない。 だから客の方で…

僕の孤独癖について(6/8) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (710字。目安の読了時間:2分) かうした環境に育つた僕は、家で来客と話すよりも、こつちから先方へ訪ねて行き、出先で話すことを気楽にして居る。 それに僕は神経質で、非常に早く疲れ易い。 気心の合つた親友なら別であるが、さうでもな…

僕の孤独癖について(5/8) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (702字。目安の読了時間:2分) だがそれだけまた友が恋しく、稀れに懐かしい友人と逢つた時など、恋人のやうに嬉しく離れがたい。 「常に孤独で居る人間は、稀れに逢ふ友人との会合を、さながら宴会のやうに嬉しがる」とニイチェが言つてる…

僕の孤独癖について(4/8) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (667字。目安の読了時間:2分) 人と人との交際といふことは、所詮相互の自己抑制と、利害の妥協関係の上に成立する。 ところで僕のやうな我がまま者には、自己を抑制することが出来ない上に、利害交換の妥協といふことが嫌ひなので、結局ひ…

僕の孤独癖について(3/8) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (686字。目安の読了時間:2分) この不思議な厭な病気ほど、僕を苦しめたものはない。 僕は二十八歳の時に、初めてドストイェフスキイの小説「白痴」をよんで吃驚した。 といふのは、その小説の主人公である白痴の貴族が、丁度その僕と同じ…

僕の孤独癖について(2/8) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (690字。目安の読了時間:2分) 人目を忍び、露見を恐れ、絶えずびくびくとして逃げ廻つてゐる犯罪者の心理は、早く既に、子供の時の僕が経験して居た。 その上僕は神経質であつた。 恐怖観念が非常に強く、何でもないことがひどく怖かつた…

僕の孤独癖について(1/8) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (670字。目安の読了時間:2分) 僕は昔から「人嫌ひ」「交際嫌ひ」で通つて居た。 しかしこれには色々な事情があつたのである。 もちろんその事情の第一番は、僕の孤独癖や独居癖やにもとづいて居り、全く先天的気質の問題だが、他にそれを…

月の詩情(6/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (578字。目安の読了時間:2分) 昔の人がそんなにも月に心をひかれたのは、彼等の住んでゐる夜の地上が、甚だ閑寂として居たからである。 暗く寂しい夜の曠野に、遠く輝やく灯を見る時ほど、悲しくなつかしい思ひをすることはない。 行灯や…

月の詩情(5/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (626字。目安の読了時間:2分) かつて防空演習のあつた晩、すべての家々の灯火が消されて、東京市中が真の闇になつてゐた時、自分は家路をたどりながら、初めて知つた月光の明るさに驚いた。 そして満月に近い空の月を沁々と眺め入つた。 …

月の詩情(4/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (672字。目安の読了時間:2分) おそらく彼等は、その恋が到底及ばぬものであり、身分ちがひの果敢ないものであるといふことを、自ら卑下して意識することで、一層哀切にやるせないリリシズムを痛感し、物のあはれの行きつめた悲哀の中に、…

月の詩情(3/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (708字。目安の読了時間:2分) そして詩や音楽やの芸術は、かかる原始的な生命の秘密を、経験以前の純粋記憶から表象して、人の本能的なる感性や情緒に訴へるものなのである。 月とその月光とが、古来詩人の心を強く捉へ、他の何物にもまし…

月の詩情(2/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (633字。目安の読了時間:2分) 海の魚介類は、漁師の漁る灯火の下に、群をなして集つて来るし、山野に生棲する昆虫類は、人家の灯火や弧灯に向つて、蛾群の羽ばたきを騒擾する。 鹿のやうな獣類でさへも、遠方の灯火に対して、眼に一ぱいの…

月の詩情(1/6) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (629字。目安の読了時間:2分) 昔は多くの詩人たちが、月を題材にして詩を作つた。 支那では李白や白楽天やが、特に月の詩人として有名だが、日本では西行や芭蕉を初め、もつと多くの詩人等が月を歌つた。 西洋でも、Moonlight の月光を歌…

猫町(16/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (671字。目安の読了時間:2分) つまり通俗の常識で解説すれば、私はいわゆる「狐に化かされた」のであった。 3 私の物語は此所で終る。 だが私の不思議な疑問は、此所から新しく始まって来る。 支那の哲人荘子は、かつて夢に胡蝶となり、…

猫町(15/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (679字。目安の読了時間:2分) その時もはや、あの不可解な猫の姿は、私の視覚から消えてしまった。 町には何の異常もなく、窓はがらんとして口を開けていた。 往来には何事もなく、退屈の道路が白っちゃけてた。 猫のようなものの姿は、ど…

猫町(14/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (692字。目安の読了時間:2分) 所々に塔のような物が見え出して来た。 屋根も異様に細長く、瘠せた鶏の脚みたいに、へんに骨ばって畸形に見えた。 「今だ!」 と恐怖に胸を動悸しながら、思わず私が叫んだ時、或る小さな、黒い、鼠のような…

猫町(13/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (716字。目安の読了時間:2分) 美学的に見えた町の意匠は、単なる趣味のための意匠でなく、もっと恐ろしい切実の問題を隠していたのだ。 始めてこのことに気が付いてから、私は急に不安になり、周囲の充電した空気の中で、神経の張りきって…

猫町(12/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (719字。目安の読了時間:2分) とりわけ女の人の声には、どこか皮膚の表面を撫でるような、甘美でうっとりとした魅力があった。 すべての物象と人物とが、影のように往来していた。 私が始めて気付いたことは、こうした町全体のアトモスフ…

猫町(11/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (695字。目安の読了時間:2分) それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道になった路をくぐったりした。 南国の町のように、所々に茂った花樹が生え、その附近には井戸があった。…

猫町(10/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (726字。目安の読了時間:2分) どっちの麓へ降りようとも、人家のある所へ着きさえすれば、とにかく安心ができるのである。 幾時間かの後、私は麓へ到着した。 そして全く、思いがけない意外の人間世界を発見した。 そこには貧しい農家の代…

猫町(9/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (735字。目安の読了時間:2分) 日本の諸国にあるこの種の部落的タブーは、おそらく風俗習慣を異にした外国の移住民や帰化人やを、先祖の氏神にもつ者の子孫であろう。 あるいは多分、もっと確実な推測として、切支丹宗徒の隠れた集合的部落…

猫町(8/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (738字。目安の読了時間:2分) 概して文化の程度が低く、原始民族のタブーと迷信に包まれているこの地方には、実際色々な伝説や口碑があり、今でもなお多数の人々は、真面目に信じているのである、現に私の宿の女中や、近所の村から湯治に…

猫町(7/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (777字。目安の読了時間:2分) 都会から来た避暑客は、既に皆帰ってしまって、後には少しばかりの湯治客が、静かに病を養っているのであった。 秋の日影は次第に深く、旅館の侘しい中庭には、木々の落葉が散らばっていた。 私はフランネル…

猫町(6/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (715字。目安の読了時間:2分) つまり一つの同じ景色を、始めに諸君は裏側から見、後には平常の習慣通り、再度正面から見たのである。 このように一つの物が、視線の方角を換えることで、二つの別々の面を持ってること。 同じ一つの現象が…

猫町(5/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (723字。目安の読了時間:2分) その瞬間、磁石の針がくるりと廻って、東西南北の空間地位が、すっかり逆に変ってしまった。 同時に、すべての宇宙が変化し、現象する町の情趣が、全く別の物になってしまった。 つまり前に見た不思議の町は…

猫町(4/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (754字。目安の読了時間:2分) しかし時間の計算から、それが私の家の近所であること、徒歩で半時間位しか離れていないいつもの私の散歩区域、もしくはそのすぐ近い範囲にあることだけは、確実に疑いなく解っていた。 しかもそんな近いとこ…

猫町(3/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (707字。目安の読了時間:2分) その上私には、道を歩きながら瞑想に耽る癖があった。 途中で知人に挨拶されても、少しも知らずにいる私は、時々自分の家のすぐ近所で迷児になり、人に道をきいて笑われたりする。 かつて私は、長く住んでい…

猫町(2/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (736字。目安の読了時間:2分) と言ってしまえば、もはやこの上、私の秘密について多く語る必要はないであろう。 ただ私の場合は、用具や設備に面倒な手数がかかり、かつ日本で入手の困難な阿片の代りに、簡単な注射や服用ですむモルヒネ、…

猫町(1/16) - ブンゴウメール

ブンゴウメール (651字。目安の読了時間:2分) 蠅を叩きつぶしたところで、蠅の「物そのもの」は死にはしない。 単に蠅の現象をつぶしたばかりだ。 ―― ショウペンハウエル。 [#改ページ] 1 旅への誘いが、次第に私の空想から消えて行った。 昔はただそ…